同窓生紹介
Schoolmate

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竹芳 長澤 武久さん(26回生)

2015年寄稿
わが師 わが志 和菓子
高校を卒業して、あっという間に24年が経ちます。今でも高校時代の思い出は鮮明に覚えています。
 小学生のころから和菓子職人になることを考えていたので、高校受験をするかどうか真剣に悩みました。親や中学校の先生と相談し、四高だけ受験しました。だめだったら修行に行くつもりでしたが、運よく合格しました。

 入試の際、グラウンドの中央に腕組みして仁王立ちしていたサッカー部の小原先輩、とても怖かったです。在学中はサッカー部に所属し、下手なりに一生懸命みんなと汗をかきました。勉強はさっぱりできませんでしたが、たくさんの友達ができました。いまでも私の財産です。

 2011年に26回生の同期会を開催しました。100名近く参加し、非常に盛り上がりました。

 現在の私は、高校卒業後に家業である「竹芳」に入社し、和菓子職人をしております。先代の父が他界して15年、悩みながらも和菓子の魅力を伝えようと悪戦苦闘中です。

日本の四季を感じながら和菓子で表現し、和菓子を通じて様々なことを学んでおります。在学中より勉強中です。また、子ども達にも和菓子を好きになってもらいたいと小学校や子ども会などで和菓子教室を開催し、和菓子ファン拡大中です。

 先代が残してくれた言葉があります。
「和菓子とは 我が師にありて 我が子なり」


  この思いを受け継ぐために、私の名刺には「わが師 わが志 和菓子」の言葉を入れています。
 大志(第四)高校で培った精神を今後も活かしていきたいと思います。
略 歴
  • 1973年花巻市生まれ
    高校卒業後、株式会社竹芳入社。
    創業者の父、良武氏に弟子入りし和菓子職人となる。現在は小学校などで和菓子教室を開催し、和菓子普及に努める。
  • 造り菓子 竹芳  盛岡市東安庭1丁目6−2
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ギャラリー
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田中 広江さん(12回生・第8代同窓会長)

岩手町立一方井中学校を卒業し盛岡第四高等学校に入学した時には、初めてのことだらけで緊張しまくりで、周りの皆がとにかく優秀で立派に見えて気後れした記憶しかありませんでした。緊張の中にも自由な校風と、親しくなった友人達に囲まれて、勉強も生物部の活動も刺激的な日々を送れた気がします。実家からの電車通学を止め、兄と仙北町のアパートでの生活は、主婦業をしながらの苦学生と自任しながらも充実して楽しい思い出深い日々でした。

岩手大学人文社会科学部時代は、高校時代を凌ぐほどの自由人となり、朝方までアルバイトばかりに6年間も専念し、北上川を石巻まで4泊5日で川下りしたり、アメリカ~メキシコ40日の流浪の旅に出たりと今考えても恐ろしくなるようなことを平然とやって来ました。1年留年して5年で卒業し、飲食店にそのまま就職していた時に、一念発起して東邦生命に入社して大きく人生が変わりました。26歳から保険業31年目を迎えた今は、天職と巡り合えた喜びと共に、人生の伴走者として50年働き続けられたら幸せだと考えています。

1998年有限会社アイドカを創業し、岩手では早い時期に乗合代理店として独立し、現在22社の保険会社を扱い、17名の役職員と共に社会に貢献できる会社作りを目指して奮闘しております。前潟の保険クリニック盛岡インター店アイドカ本社と、大通店2店舗で、保険相談や資金運用相談、相続問題の相談などまで多岐にわたる個別対応やセミナー運営など手掛けて来ております。
アイドカは保険代理店として相談に対応し、保険契約手続きや入院・死亡給付金請求手続き、事故処理などのメンテナンス業務と保険管理を中心に行いますが、個人的にはファイナンシャルプランナー(FP)として、資産管理や資産運用相談、相続問題や事業承継問題の相談などに対応させて頂いております。顧問契約して継続的に対応したり、時間で相談に応じたり、セミナー講師や執筆などの業務に取り組んでおります。是非必要な時にはお気軽にご相談いただければ、同窓生の皆様は特に誠心誠意対応させていただきますので、お気軽にご連絡いただければ嬉しいです。

盛岡四高同窓会では今年から第8代目会長という大役を仰せつかりました。多くの同窓生が楽しくて期待が持てるような志高同窓会、他校同窓会が驚いて参考にするような志高同窓会、後輩の在校生や教職員、PTAが喜んで感謝して下さるような志高同窓会、を目指して頑張りますので、是非皆様方のご理解とご協力を宜しくお願い申し上げます。
略 歴
  • 1959年(昭和34)岩手町生まれ。
    1978年(昭和53)盛岡第四高等学校卒業。
    1983年(昭和58)岩手大学人文社会学部卒業、盛岡市役所で臨時職員に就く。
    1985年(昭和60)1月、東邦生命盛岡支社法人営業所勤務。
    1998年(平成10)4月、有限会社アイドカを設立し、代表取締役に就任。
    3世代保険サービスのアイドカは、22社の保険会社の代理店として、県内だけでなく全国を対象に、個別保険相談、セミナー事業などを、17名の役職員と共に、アフターフォローカンパニー目指して営業しています。
    個人的にはファイナンシャルプランナー(AFP)、トータルライフコンサルタント(TLC)として、資産活用や相続問題まで幅広く対応しています。
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green label 小林 道夫さん(30回生)

30回卒業生、JAZZギターリスト・作編曲家の小林道夫です。 
現在は滝沢村に在住し、演奏活動、CM音楽やCDの制作・録音、ギター教室を行っています。

私は志高卒業から、東日本大震災をきっかけに2012年に故郷に戻るまでの16年間を東京で過ごしました。
都内の大学の教育学部を卒業後、地元には戻らず、学童クラブ非常勤職員の傍ら、趣味で音楽活動を行い30歳でプロになりました。
元々プロになる目標はなかったのですが、音楽を学びたくて東京に残っていました。
ライブで全国を回ったり、自分たちの音楽がテレビやCDとなって流れはじめてからは、仕事として意識をしはじめ20歳代後半からは制作の指揮を取る様になりました。

当時は、昼間の仕事があったので音楽収入より参加できることで満足でした。
しかし、プロになってからはそうも言えなくなってしまい、とても大変でした。
何より努力より結果。収入を得るために現場でひたすらスキルを学びました。
気が付くと頭は白髪だらけ。徹夜が続いて、いつも寝不足。毎朝鼻血だったことをよく覚えています(笑)

そもそも私が音楽に目覚めたのは、高校2年生の時です。
放課後の音楽室で、うろ覚えでピアノを弾いていたら、たまたま好きだった同級生の子が隣で聞いてくれて。とても嬉しくて、気を惹こうとそれから夢中で練習しました。
とても不純な動機が始まりで、恋は全く実らず、気が付くと女の子を忘れて演奏する事に夢中になってたような気がします。

高校生活はとても充実したものでした。河原を自転車で通学する毎日。始めはビビる応援歌練習。忘れられない甲子園。
自由の中に自立心や責任感が漂う、最も多感な学生時代にマッチした校風だったと思います。
世間的には受験勉強も大切かもしれませんが、私には志高での青春や音楽の経験が最も将来に影響を与えています。

今私が仕事をさせて頂いてる「音楽」には年齢、人種問わず沢山の感動と共感を与えてくれる力があります。人が築き上げてきた素晴らしいコミュニケーションツールです。
音楽や伝統も、時代と共に形は変わっていきますが、人々の根本にある「大志」はいつの時代も変わらないと思います。
先人達から学んだスキルを活かし、故郷に音楽で貢献できたらと思います。
盛岡志高の誇りを胸に、のびのびと自由な発想でこれからも音楽を作っていきます!!
略 歴
  • 1977年宮古市生まれ。
    盛岡第四高等学校卒業後、帝京大学へ進学。
    Jazzギターを須古典明氏に師事。音楽プロデューサーとして、三井不動産レジデンシャル「天空散歩プラス」をはじめ、CM音楽の作曲やCD制作に関わる。
    家族の絆と東北の復興を願い、2012年4月から故郷、岩手県滝沢村に移住。Jazzシンガーの妻「小林ゆうこ」と共に岩手から各地に演奏活動を展開する。
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梅月堂 菅野 孝行さん(30回生)

盛岡市本町通で梅月堂というお菓子屋をやっています、30回卒業生の菅野孝行です。
梅月堂は、しょうゆ団子やお茶もちといった盛岡名物から、桜餅、柏餅、草もち、水ようかん、彼岸団子、鏡餅などの伝統菓子まで、お客様に喜んでいただくことだけを目標にひとつひとつ手づくりしています。
私はそんな梅月堂の四代目として事業をさせていただいていますが、こうなったのは本当に運命だと感じています。

今から10年前の2003年8月3日に先代の店主が、登山中に急死しました。
実はその3年前、祖母がくも膜下出血で倒れ、入院したのがきっかけで、私は大学卒業後すぐ家業に就くことになりました。
あのときの祖母の病気がなければ今ごろ梅月堂はありませんでした。
おかげさまで創業100年を越えて地域の皆さまに応援していただいています。

父が亡くなったときに私を支えてくれたのは、四高の同級生や先輩・後輩の存在でした。
在校中は生徒会執行部を務めさせていただき、体育祭・文化祭などの学校行事をはじめ、野球部の甲子園出場、阪神・淡路大震災の支援活動など貴重な経験をさせていただきました。
それら活動を通して自分たちの中に感じたのは、仲間を思う気持ち、いざという時の団結力、壁を自分の力で乗り越えようとする独立心でした。
もちろんそんな生徒たちを見守って下さった海より広い心の先生方の存在も忘れることはできません。
私の知る四高はすばらしい仲間が集まる、あたたかい学校でした。
そして、四高でいただいた人の縁は、25歳で家業を継いだ私に力をくれました。
自分を応援してくれる友達を裏切るような仕事はできない、みんなに喜んでもらえるお菓子づくりがしたい、と強く思いました。

今は自分の立場で世の中に貢献できることをと思い、より素材を活かしたお菓子ができるよう研究し、お客様に満足していただけるお菓子をつくることに全力をあげています。
また、そのかたわらテレビCM制作、仕事場紹介DVD制作、また、Facebookを始めてみたりと、新しいこと面白いことを探して挑戦しています。
みんな四高の同級生が縁で始まったことです。
私の胸には「志高」の名が常に響いています。
志を高く持ち、人様のお役に立てるように努力していきたいと思います。
どうぞ、よろしくお願いします。
略 歴
  • 1978年盛岡市生まれ。
    盛岡第四高等学校卒業後、小樽商科大学へ進学。その後、実家の家業である和菓子店「梅月堂」の4代目店主となる。盛岡名物の「しょうゆ団子」「お茶もち」をはじめ、自店で製造する餡も好評だ。
  • 梅月堂  盛岡市本町通1丁目9−40
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